デス・オーバチュア
第292話「擬炎波刃(フランベルク)」




「ふぅん、出てくる気の無い者にいつまで感(かま)けている? 残念ながら貴様の相手はまだ私だ」
アドーナイオスが天へと翳した両手剣に青白い光が灯(とも)る。
「そなたとの勝負はすでについておる。『助け』が入らねばあのまま……」
「黙れ! 確かに不覚は取ったが……我が力は貴様の遙か上をいく……それを今から証明してくれよう、貴様らを纏めて薙ぎ払ってなっ!」
「貴様……等(ら)?」
「そうだ、竜一匹に悪魔五匹……全てだぁぁっ!」
両手剣から放出された爆流の如き青光が、天空(上空の空間)を打ち砕いた。
砕けた空間の亀裂から漆黒の長刀(セブンチェンジャー)が飛び出し、アドーナイオスとシャリートの間を分かつように大地へと突き刺さる。
「ああ、やっぱり亜空間に収納してたのね、あいつ?」
皇牙の言うあいつとはユーベルガイストのことだ。
「あっ……」
タナトスが小さく声を漏らす。
「あんた、アレのこと忘れていたでしょう?」
「…………」
皇牙の指摘通り、ユーベルガイストに赤布で絡み取られた後、いろいろあってすっかりその存在を失念していた。
「まあ、マモンが居たからのう、自力でもそのうち戻ってきたであろう」
シャリートのフォロー(?)に応えるように、四つの赤光がセブンチェンジャーのそれぞれの宝石の中から飛び出す。
「当然ですわ、このあたくしに砕けぬ空間など存在しませんわ!」
「そのわりには強行脱出を躊躇してたけどね〜」
「フッ……」
「仕方ないわよ、彼女は臆びょ……慎重派だもの」
四つの赤光がマモン、ベルゼブブ、アスモデウス、ベルフェゴールの姿を取った。
「揃ったな……では、始めようか、一対六の遊戯をっ!」
アドーナイオスは青刃の両手剣を勢いよく振り下ろす。
剣刃が地に着いた瞬間、凄烈な剣風が巻き起こり五匹の悪魔を纏めて吹き飛ばそうした。
「散開っ!」
ベルフェゴールの掛け声と同時に、悪魔達は四方八方へと跳び離れる。
悪魔達に逃れられた凄烈の剣風はそのまま皇牙とタナトスへと迫った。
「この変種の黴菌がっ! あたしまで悪魔(雑魚)共と一緒くたにするなああぁっ!」
皇牙は力任せのパンチ一発で凄烈の剣風を粉砕した。
「変種の黴菌?」
「黴菌(人間)のくせに雑魚(神か悪魔)みたいな変で生意気な奴ってことよ……」
「……結構居ないかそういう者……?」
神や悪魔の力を持つ人間……タナトスの周り(敵や味方)は、そういった超越者ばかりな気がする。
「あのねぇ、あんた達は変種じゃなくて雑種でしょうが……」
「え……?」
変種と雑種……どう違うのかタナトスには解らなかった。
というか、雑種とか黴菌とか雑魚とか、皇牙の罵倒に深い意味や明確な違いがあったとは思わなかったのである。
「あっちは濃すぎる黴菌か、薄まった雑魚よ」
「……なんとなくは解った……」
つまり、神の域にまで至った人間か、人間の格にまで堕ちた神ということだ。
「んっ? ということは雑種というのは……つううっ!」
突然の爆音が声を遮り、爆風に体を煽られる。
「ふん、始まったわね」
何がと聞く必要はなかった。
「この手でぶち殺してやりたいところだけど……二重の意味でむかつくから、雑魚共に任せることにするわ」
始まったのだ、竜面の男と五匹の大悪魔……一対五の遊戯が……。



「双龍回天撃(そうりゅうかいてんげき)ぃぃぃっ!」
「ぬるいわっ!」
急降下の勢いを乗せて振り下ろされた双龍偃月牙を、アドーナイオスは両手剣の一閃であっさりと打ち返した。
「ふうん、この私に二度同じ技が通じると思ったか? まして前より勢いが無いのでは話にならん」
「っぅ……」
体勢を立て直して着地したシャリートは、口惜しげに唇を噛み締める。
「SP切れってところだね〜」
シャリートの右肩に留まった黒い小妖精(ベルゼブブ)が、耳元で愉しげに囁いた。
「SP? なんだそれは?」
「ん〜、スペシャルポイントとか必殺技ポイントってやつかな〜? シャリートの場合、大技ばっか使うからすぐに切れちゃうんだよ〜」
「ふざけた略語を作るでない……戦(いくさ)は戯(たわむ)れではないのだぞ」
「えぇ〜、戦闘と遊戯は同意語だとベルは思うなぁ〜。シャリートだっていつも愉しんで暴れてるじゃない〜♪」
ベルゼブブはシャリートの肩から離れると、彼女の周囲を目障りに飛び回る。
「ええい、邪魔だ! 戦う気がないのなら下がれっ!」
「SPが底を尽き欠けているシャリートも戦力にならないと思うけどね〜」
「くぅっ……」
「シャリートの場合、SP残量が少ないと必殺技が使えなくなるんじゃなくて、威力が落ちるって感じだよね〜。技の種類がファイナルアタック(最大の攻撃)しかないタイプ〜?」
「黙れ! 余にも小技はあるわ! ただ……」
「ただなぁに〜?」
「……ちまちまとした小技の組み立てなど性に合わぬだけだ!」
シャリートは双龍偃月牙の連結解除し、二振りの蒼龍偃月牙(偃月刀)へと戻した。
「……参るっ!」
偃月刀の『二刀流』の構えを取ったかと思うと、滑るような足取りで瞬時にアドーナイオスへと接近する。
「裂っ!」
「こざかしい!」
シャリートは器用に両手の偃月刀で同時に斬りつけた。
だが、アドーナイオスは両手剣の一振りで、偃月刀を二つとも弾き返す。
「いまさらつまらぬ剣劇(チャンバラ)をする気はない!」
「つぅぅっ!」
「逃さん!」
シャリートは後方に飛び離れよとするが、それより一瞬速くアドーナイオスの両手剣が斬り返された。
「ううぅぅっ!?」
右切上(みぎきりあげ)……シャリートの右腰から左肩までが斜めに切り裂かれる。
「終わりだ」
アドーナイオスは止めを刺すべく、シャリートの右胴を薙ぎ払いにいった。
「オープンコンバット!」
「ちっ!」
剣刃がシャリートに触れる寸前、空から『武器の雨』が降り注ぐ。
十の武器が『誰も居ない大地』へと突き刺さった。
「……仕留め損なった」
逆方向にそれぞれ吹き飛んでいくシャリートと青刃の両手剣、そして、少し離れた場所に出現するアドーナイオス。
武器の雨に気づいたアドーナイオスは、迷わず両手剣を手放し、超高速でその場から離脱したのだった。
その結果、シャリートは辛うじて剣撃の防御に成功し、弾き飛ばされるだけで済んだのである。
「砕っ!」
天から降臨したベルフェゴールの鉄槌が、アドーナイオスの脳天へと振り下ろされた。




「嘘っ……」
「ふぅん」
ベルフェゴールは信じられないといった表情で、己のハンマーの先端を見つめていた。
ハンマーの先端、鉄槌(円柱形)の部分が根刮(ねこそ)ぎ失われている。
「我が手に戻れ、青ス」
青刃の両手剣が独りでに飛んできて、アドーナイオスの右手に握られた。
「あなた……本当に両手剣(それ)必要なの?」
あの両手剣でハンマーを破壊されたのならまだ納得できる……だが、実際にハンマーを破壊したのは素手……アドーナイオスの右拳だった。
「ふぅん、これでも一応、格闘家ではなく剣士の端くれなのでね」
「説得力ないわよ……」
「では、剣術をお見せしよう……もっとも……」
アドーナイオスは両手剣の柄に左手も添え、両手でしっかりと握り直す。
「もっとも……何?」
「我が剣は術というほど巧みではないがなっ!」
「くっ!?」
ベルフェゴールは体を捻るようにして横に跳んだ。
「よく避けた」
一瞬前までベルフェゴールが居た場所に、青刃の両手剣が振り下ろされていた。
「そんな馬鹿みたいに長く重い剣で、よく『そんなこと』ができるわね……」
「いや、別に『大したこと』はしていないが」
「……ええ、それも嘘じゃないわね……」
そう、彼が行った動作自体は大したことではない。
ただ間合いをつめて剣を振り下ろした……それだけのことだ。
単純極まりない攻撃、剣術の基礎中の基礎。
問題なのは、その速さと使っている両手剣(得物)だ。
全長約280p、両手剣の中でも最大最長クラスの物だろう。
一言で言うなら『自分の身長の倍はある剣』だ。
『そんなもの』であんなことができるのは充分大したこと……いや、かなりの異常である。
「間合いを詰めるのがまったく見えなかった……レヴィヤタンと同等……いえ、それ以上の速さの『摺り足』ね……」
「ふぅん、さっき言ったはずだ、私の剣は巧みではないと」
「ええ、よ〜く解ったわ。つまり、あなたの剣には小手先の技術は存在しない。単純に速さと力だけ相手を打ち斃す……基礎しかない剣術、いいえ、基礎だけを極限まで昇華させた剣術ね」
「単純でいいだろう?」
アドーナイオスは青刃の両手剣を右後方に大きく振りかぶた。
「くっ!」
危険を察知したベルフェゴールは、指を鳴らして『武器達』を呼び戻す
呼び戻された武器達が、主を守るようにベルフェゴールの前面へと展開した。
「無駄だっ!」
「くうう……きゃああああっ!」
振り下ろされた青刃の両手剣から超大な闘気の刃が放たれ、武器達を全て打ち砕いてベルフェゴールに激突する。
「……何?」
超大な闘気の刃はベルフェゴールを両断することなく爆散し、彼女の姿を呑み込んだ。
「ちっ、溜なしでは威力が足りなかったか? いや、ここは『盾』を褒めるべきか……」
武器の防壁で威力を削られていなかったら、超大な闘気の刃は間違いなくベルフェゴールを真っ二つにしていたことだろう。
「さて、次は私の番か?」
爆発の中に消えたベルフェゴールと入れ替わるかのように現れたのは、耽美なる情欲の悪魔アスモデウスだった。
「何故、一人ずつ挑んでくる? 纏めてこい、纏めて……」
アドーナイオスは面倒で仕方がないといった感じで嘆息する。
「フッ……申し訳ないが、私達の間にチームプレイというものは存在しない」
アスモデウスの右手には「金色に輝く複雑な装飾の護拳(鍔と柄が一体化した物)」が握られていた。
「刃の無いレイピア? 闘気の刃でも創るつもりか?」
実はアドーナイオスが両手剣を『長くしている』原理も闘気の刃……闘気剣に近いものである。
正確には闘気と物質の混合(ブレンド)という、かなり特異なモノだった。
「もしそうなら生半可な刃は創らぬことだ。我が青ス錬気剣(せいこうれんきけん)は強度こそ完全ではないが、こと破壊においては最強だ」
アドーナイオスは青刃の両手剣を片手(右手)に持つと、剣先をアスモデウスの方へと向ける。
「なるほど、差し詰め硝子(ガラス)の剣か……心しよう」
「ふぅん、そこまで脆くはないがな」
「……では、私の『剣』も御覧に入れよう。擬炎波刃(フランベルク)!」
護拳から暗く黒みがかった赤炎が噴き出し、波打つような剣刃として物質化した。
「ほう、実に貴様に相応しい剣だ、美しく同時にえげつない……」
「……美麗で残酷と言って欲しいものだ……」
確かに、アスモデウスのフランベルクの刀身は、揺らめく炎のような輝きを放っている。
「何にしろただのフランベルクではあるまい? 悪魔の炎より創られし魔性の剣なのだからな」
「過大な評価恐れ入る……では、擬炎(ぎえん)ながら全力を尽くそう……」
「擬炎?」
「そう、私の炎も、赤も、本物ではないということだ。真の赤(炎)を纏える者は悪魔界広しと言えどたった四人だけ……その中に私は含まれていない……」
「真の炎……?」
「所詮は偽り、擬(もど)きに過ぎない……されど、君には擬き(私)で充分だ!」
アスモデウスがフランベルクを横に一閃すると、赤く暗い火の粉がアドーナイオスに向かって飛び散った。
















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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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